忍は、私情に流されてはいけない

己の感情を捨ててきた



今までずっと

あの男に会うまでは






恋に落ちたくノ一








今日はとても綺麗な秋晴れの空

任務日和というところだろう




今回の任務は、奥州の大名・伊達政宗の暗殺

若くして大名の座に就いた男だ




お館様や、他の大名達も、きっと同じことを思っている

まだ大名になってそれほど時間が経っていない今の内に、若い芽は摘んでおきたいのだろう




私も、その意見には賛成だったのだ













伊達政宗のいる城に着いた

彼は、部屋で側近であろう誰かと話していた




無防備にも、部屋の襖は全開だった

私は、庭の太い幹の陰に隠れて見張ることにした




ここからでは顔がよく見えないが、右目に眼帯をしているらしく、一目見れば分かるはずだ

早速殺してやっても構わないぐらいだ




だが、大名になりたてとは言え、敵の実力を知らずに突っ込んでいくのは如何なものか

数日の間、監視することにしよう







「では、私はこれで失礼します」






低い声が聞こえた

側近の声だろう




側近の男が部屋を出て行く時にちらりと見えた顔は、頬に傷があり、髪を全て後ろに回していた

なんとも厳つい側近である




側近が部屋を出た後、伊達政宗は縁側に出てきた

神経を更に緊張させる




この程度の任務なら、いつもは落ち着いているのに




殺気を悟られるな。気配で存在を感じろ。呼吸音を殺せ

相手に気付かれるな




そう自分に念じていたのが間違いだったのかもしれない

不覚にもあっさりと気付かれてしまった




「そこのお嬢さんはさっきから何やってんだ?」

「っ!!」




陰から出て、臨戦態勢に入りかけた時

私の時間が止まった




一瞬にして、釘づけになった

あまりに綺麗な顔立ちだった




けれど、すぐに我に返った

彼は、変わらぬ眼差しで私を見ていた




敵に目を奪われたなど、忍の恥だ

私は自分の失態に心底恥ずかしくなって、不恰好にもその場から逃げた
















ある程度離れた森の中の一本の木に背を預ける

何だろう、この不思議な感じは




胸が締め付けられるような、呼吸が苦しくなるような

私は、一体どうしたのだろう




あの顔が頭から離れない

目に焼き付いてしまった




目を閉じて、ゆっくりとその顔を思い出す

あまりに、綺麗すぎる顔だった




吸い込まれそうな程透き通った、薄い蒼の瞳

切れ長の目の形



すらりと高い鼻、そして輪郭・・・

全てが、私を惹きつけた




隻眼と聞き、醜い顔だと勝手に思い込んでいた

けれど、それは私の思い込みにすぎなかった




あの顔を、あの人を、ずっと見ていたい

こんなことを思うのは、初めてだった





「もしかして・・・これが・・・・・・恋・・・・・・?」





分からない

私は、一人ごちた






昔、里を裏切って抜け忍となったくノ一を、一人知っている

同僚であった彼女が、なぜ裏切り、里を抜けたのか




当時は不思議で不思議で仕方がなかった

そのことで眠れない夜もあった




でも、今は彼女の気持ちが分かったような気がする





「恋を・・・したんだね・・・・・・かすが・・・」












次の日、重い気分で城に足を運んだ

そして昨日と同じように、木の幹に隠れる




ちらりと屋敷の方に目をやると、側近はいなかったが領主としての仕事をしていた

やっぱり、綺麗な顔立ちだ




唐突に声が聞こえた




「また来たのか、お嬢さん」




気付かれているとは思っていた

気配は消しているけれど、この人の前では、私程度では隠し切れない





「見た感じ・・・忍だな?俺を殺しに来たってか?」

「・・・・・・そうだ」





「・・・にしては殺気がねぇな。気合もねぇ」






すると、おもむろに立ち上がり、近付いてきた

殺されるかもしれないのに





「っ・・・!?」

「無防備だ・・・って言いてぇのか?」




他に何を言うと思っているのだろう

あまりにも無防備すぎる




「今のアンタにやられる程、俺は落ちちゃいねぇんだよ」




その通りだと思った

今の私では、足軽も相手にならないと思う




この男のせいで





「アンタ、俺に惚れたな?」

「なっ!!?」




かあっと顔が火照るのが分かった

私は、本当に自分が忍なのか分からなくなってきた




表情を顔に出すなど・・・




「分かりやすいお嬢さんだ。珍しいCuteな忍だな。欲しくなる」

「はあっ・・・!?な、何をっ・・・・・・!!!」





今までにないくらい、動揺しているのが見て分かる

早くこの場から立ち去りたかった





「なぁアンタ、名は?」

「な、名前・・・?・・・・・・




普通はこんな時、敵に名前など・・・と答えない

でも、答えた




理由はない、と思う





か・・・いい名だ」

「ど、うも・・・・・・」




敵同士である私達が、どうしてこんなやりとりをしているのか不思議でならない





、俺のところへ来いよ」

「・・・・・・・・・・・・えっ・・・?」




今、なんて

『俺のところに来い』・・・?




「何言ってるんだ!!!」




妖しげな、それでいて綺麗な笑みで、確かにそう言った

『俺のところに来い』って、つまりどういうことなんだ・・・?




「ど、どういう、意味なん・・・」

「そのままの意味だが?」




幼さの残る、悪戯っぽい笑みで答えた




つまり、私に

伊達軍に、来いと





「まぁ、どうするかは自分で決めな。俺はいつでも大歓迎だけどな?むしろ・・・」




縁側を下りてきて、私の顎を、細く長い指で捕えて、力強く持ち上げる

目線を、無理矢理合わされる




青い瞳に、自分が映る





「取って喰いたいくらいだけどな・・・?」





ああ、私は、完全に

この方の、虜になってしまった





「・・・・・・貴方様が望むなら・・・私は・・・・・・」

「・・・Ha!決まりだな」





私はこの日

里を、裏切った













数日後、私は武田領に来た

ある男に、会っておきたかった




「あれ?!?久しぶりじゃん!それもそうか、あの任務なかなか難易度高いもんなー。伊達の旦那の暗殺なんて。それを一人でなんて・・・」

「あのね、佐助」




一人で長々と喋っている佐助の言葉を遮る

会いたかった男は、佐助だった





「ん?どうしたのそんな深刻な顔してー・・・もしかして失敗しちゃった?まぁ仕方ないって!いちいち気にしてたら身が持たないぜ?」

「あの・・・そういうんじゃなくて・・・」




私の雰囲気の重さから、冗談ではないと悟ったのか

佐助は真面目な顔になった





「・・・本当にどうしたんだよ?何かあったのか?」

「・・・あの・・・私・・・・・・」




来る途中、何度も覚悟を決めたつもりだった

しかしいざとなると、怖くなる




小さい頃から一緒に育った

修行の時はいつも一緒だった




かすがもいた

楽しかった




でも、もう戻れないの

あの頃には、帰れないの





佐助にだけは、別れを言っておきたかった

こんなこと、失望されるに決まっているけれど




それでも、覚悟を決めていた





「・・・私・・・」




やや下向いていた顔を上げて、佐助と視線を絡ませる





「私・・・もう武田軍には戻らない。戻れない」

「え・・・・・・?」





佐助が、少し動揺した





「・・・私は、もう武田軍の忍じゃない・・・伊達軍の忍になったから・・・」

「・・・・・・」




信じられない、と言いたそうな顔をしている

無理もない、私も、かすがのことを聞いた時は、信じられなかった




「な・・・何言ってんの!性質の悪い冗談だなぁ全く。任務で疲れてんでしょ?早く休めよ」

「冗談なんかじゃない。・・・じゃあそういうことだから・・・さよなら・・・次会う時は、戦場だね・・・」




踵を返して、足を踏み出した時、後ろから抱きしめられた

顔の横に、茶色い髪が見える




佐助の匂いがする





「待てよ・・・・・・本気かよ・・・」

「・・・本気じゃなきゃ、こんなこと言わないよ」




「お前の・・・旦那への・・・お館様への忠誠心はそんなもんだったのか!?」

「違う!!心から尽くしてた!!大好きだった・・・愛してた!!」





「じゃあどうしてそんな事・・・!!」

「もう私には・・・!!幸村様にもお館様にも・・・忠誠する資格なんてないの・・・!!!」





泣くかもしれないと思っていた

やっぱり、涙が流れていた





身体の向きを変えられ、正面から抱きしめられた





「俺様がなんとかしてやる・・・かすがに続いて、お前まで行かせられるか・・・!!」

「物理的な問題じゃない・・・私の問題なんだ・・・!!もうやめて・・・」





「女々しいとか、思われても構わない・・・絶対に離さない・・・」

「お願いだよ佐助・・・・・・行かせて・・・」




「俺様の気持ちも知らないで・・・」

「え・・・・・・?」




抱き締める力が強くなった

私の肩に、佐助の顔が乗る





「俺様・・・小さい頃からずっと・・・」

「っ・・・!それ以上言わないで・・・!!」




私は、佐助の頬に軽く口づけをした

一瞬だけ、私を抱きしめる力が緩んだ





その一瞬を逃さずに、私は佐助の腕から離れた





「私も・・・きっとそうだったと思う・・・」




そのまま、私は逃げた

私も、佐助に同じ想いを抱いていたと思う




ただ、それに気付かず、時間を過ごしていた

そして、新たな出会いを見つけた




それまでに抱いていた想いは、胸の奥に片づけられて

こんなことになった




ごめん。ごめんなさい、佐助

そして、里と、武田軍の皆・・・





それでも、後悔はない

私は、伊達の忍として、生きよう





また会おう、戦場で
















サイト二周年記念作品


感情を殺したくノ一のお話

今まで武田軍に心から忠誠してたけど
伊達と出会って、恋をして
その感情に気付いてしまった夢主が里を裏切る

他の人を想いながら、また別の人に心から忠誠するなんて出来ないと夢主は思ってる
後ろめたさを感じるから、それならいっそ裏切って、今までの関係を断ち切った方がいいと考えたんです