見下す者と見下ろす物
サブレ宮殿の側にある丘に、翼を生やした一人の青年がいた。
風が吹くと、青年―――サイダーの短い青い髪が宙で踊る。
サイダーは丘から地上を見下ろしながら、無機質な笑みを浮かべていた。
「またやって来ましたね・・・貴方の好きな季節が・・・」
その呟きは、誰に聞かれることもなく、風に攫われた。
「貴方はここから見下す景色を大層気に入っていましたからね・・・おっと。見下す。ではなくて見下ろす。でしたね」
わざとらしく言い直すと、サイダーは空を見上げた。
―――貴方はこの場所が大好きでしたが。
―――私はこの場所が大嫌いです。
―――・・・何故?決まっているじゃありませんか。
―――ここでは下等な地上人を見下すことができませんからね。
―――それに・・・
―――貴方が。いない。
貴方は人を見下すことが大嫌いで。
私の大嫌いな地上人が大好きで。
そんな貴方に
いつのまにか
惹かれていって
丘を見下ろすと、ピンクの絨毯が一面に広がっていた。
桜だ。
今も、ここよりずっと高いところで。
彼女も見ているのかと、思う。
それと同時に、やり場のない悔しさに苛まれた。
ああ。
どうして。
どうして、病に倒れたのは私ではなく。
貴方だったのか。
どうして、優しかった、貴方なのか。
あれは、罰だったのですか?
ならば、何故私じゃない?
なぜ、何の罪もない彼女が?
・・・分かっています。
これが。私への罰ということを。
彼女を奪われるということが。
私への罰。
神という者が、本当に存在するのならば。
私は貴方を、これから先許さないでしょう。
でも。
私にそんな権利はありません。
貴方が病に倒れたと聞いて、ショックを受けなかったと言えば、嘘になります。
逆に、鉄球で頭を殴られたようでした。
ああ、それなのに。
貴方の葬儀が始まっても、私は涙が出なかった。
どんなに悲しんでも、涙は出てはくれなかった。
その時私は、初めて自分の性格を恨んだ。
私は、なんて薄情なのだろう。
自分の恋した女性の葬儀にさえ、涙を流さないなんて。
どれほど懺悔しても、もうあの頃には戻れないのに。
戻りたいと思う自分がいることに、腹が立った。
貴方は、こんな私を、今でも思ってくれていますか?
風が、急に強くなった気がした。
下を見ると、彼女の大好きな桜が、ざわざわと音を立てていた。
まるで、サイダーを嘲笑うかのように。
それでも、構わないと思った。
その時
(大丈夫。私はサイダーのこと大好きよ。いつでも、側にいるからね)
声が、聞こえた。
確かに、彼女の声だった。
抱きしめられた感覚がした。
ほんの一瞬のことだけれど。
彼女はここへ降りてきた。
「・・・人を見下すのは・・・大嫌いなくせに、私よりも高いところへ行くなんて・・・どういうことですか?」
誰かに話かけるように、サイダーは口を開いた。
もう。その声に返ってくる言葉など、ないと分かっていた。
でも、サイダーは続けた。
「私より高い場所へ行くなど許しません。ずっと私の隣にいなさい。
」