008:仲間になろう





「よォし、これからあいつら全員ぶっとばして、泥棒ナミに航海士やってもらうぞ!!」




ルフィは攻撃を受けたというのに、怪我をした素振りを見せずに元気よく言った。

“あいつら”とは多分バギーたちのことだ。




私もいずれはここにいることがバレてしまうだろうし、いい機会だと思った。

きっちりとバギーたちの事にケジメをつけておかないと。




そう思って起き上がろうとお腹に力を入れると、激痛が襲った。

急に動きが止まった私を見て、ルフィが心配そうに声をかけてきた。





「おい!どうした!大丈夫か!?やっぱさっきので怪我しちまったんじゃねェか!?」





服を捲ると、怪我をした横腹を幾重にも巻いた包帯から、ほんの少しだけ血が滲んでいた。

最初から傷は深かったから、こうなることは予想してはいた。





「いや、この傷は昨日負ったものだよ。割と深い傷みたいだから仕方がない。」

「そうなのか?けどごめんな!おれのせいで広がっちまったかもしんねェ!」




申し訳なさそうにルフィがしゃがんで傷の辺りを見ていた。

あまり人に見せるものでもないと思い、服を直して話題を変えた。





「大丈夫だ。心配はするな…それはそうと、私もバギーたちをぶっとばしに行くところだったんだ。」

「え?お前あいつらのこと知ってんのか?つーかそんな傷で行くのか!?」




話題を変えたつもりが全く変わらなかったことに、失敗したと思ったがすぐにかき消した。




「このくらい大丈夫だと言ってる……それに、私はあいつらといつかはケリをつけないといけないしな。」

「ふーん……何があったか知らねェけど、とりあえずその傷ちゃんと診てもらってからだ!ゾロ診てくれたおっさんの家があるから、まずは戻ろう!」




?ゾロも怪我をしたのだろうか。

……きっとバギーにだ。




深い傷ではないことを祈った。





「そうだな……私も少し世話になろう。」




















































そしてルフィと一緒に“ゾロを診てくれたおっさん”のいるところに戻ってきた。

そこには、オレンジの髪の同年代くらいの女性がいた。




きっと彼女が『ナミ』だ。

二人はルフィの姿を見ると、化け物を見たかのように叫んだ。





「何で生きとるんじゃ小童!!」

「何で生きてんのよあんた!!」





「?生きてちゃわりぃのか。」

「だって家一軒貫通する程吹き飛ばされてピンピンしてるのって変よ!!」




そう言われると確かにそうだ。

でも、悪魔の実の…それもゴム人間だとしたら衝撃もほとんどなくなるだろう。




しかし本人も「変でいいよ。」と言っている。

見た目が普通と違う私も、いいと言ってくれた。




自然と笑みがこぼれていた。





「……そういえばこの子誰?町の子?」

「いや、見ん顔じゃが……」





話題が私に振られた。

おじさんが何か言いかけたが、それを遮ってルフィが答えた。




「ああ、ソイツはだ!さっき仲間にした。」

「はああ!?」





「いや、だから!まだ仲間になるとは一言も……聞け!!」

「おっさん!ソイツも怪我してんだ。診てやってくんねェか?」





「そ、それは構わんが……」

「ちょっとあんた!考え直しなさいよ!仲間になったのってさっきなんでしょ!?まだ取り返しがつくわ!やめなさいよ海賊なんて!!」





ルフィには無視され、ナミと思われる女性には胸倉をつかまれて怒鳴られ、少し血の足りない私にとって何がなんだか分からなくなった。





「これ、娘っ!怪我人なんじゃから乱暴にするな!」





おじさんの一言で解放された私は、とりあえず近くの民家に入って手当をしてもらうことにした。

ゾロのいるおじさんの家は、近くにモージがいるから今は近付けないらしい。






「なぁ、君は……もしかして『ナミ』って名前……?」





私は、おじさん…この町の町長さんの上手な手当を受けながら、彼女に話しかけた。

すると彼女は不思議そうな顔をして答えた。




「…何?私の事知ってんの?」

「ルフィが話してた……ナミって人がオレンジの髪してる、と。」




「……ふーん、そう。」

「ナミは、海賊が嫌いなのか?」





先程のナミの発言が気になって尋ねてみた。

その瞬間、ナミの表情が少し険しくなった気がした。





「大っ嫌いよ。」

「……そうか。」





「あんたみたいな奴には分かんないでしょうね。大切な人の命を奪われるっていう悲しみや憎しみが!」

「…………」





ナミの瞳の奥には、怒りの炎が力強く揺れていた。

そんなナミを見て、私は自分自身を見ているような気持ちになった。





自分の気持ちなんか誰にも分かってもらえない。

別に分かってもらおうとも思わなかったが。




そうして心を開かなくなって、ひねくれた性格になっていった。

まるで自分のようだからこそ、私はナミに何も言えなかった。





私は二種類の海賊を知っているが、ナミはきっとその片方しか知らないんだと推測した。

私からは、何も言えない。





「ほれ、終わったぞ。……しかしあの緑の頭の奴と似たような傷じゃったが……」

「…ゾロもバギーにやられたのか?」




私は町長さんに軽くお礼を言って、独り言のようにつぶやいた。

それをルフィが聞いていたらしく、私に聞き返してきた。





「『も』?じゃあお前その傷、あのデカッ鼻にやられたのか!?」

「……まあ。でも大丈夫だ。町長さんに診てもらってやっとマトモな手当受けられたからな。」






「しかしお前らこの町へ来た目的は何じゃ!何故あんな海賊と関わる!!」

「目的ならさっき決めた!“グランドライン”の海図と航海士を得る事だ!!」




「私はこの傷の……お礼参りと言ったところだな。」




傷がなくとも一発は殴りに行く予定であるが、それは言わなかった。





「あれ?けどお前、その怪我、昨日負ったって言ってなかったか?」





聞かれたくないことに限って鋭い。

別に言っても構わないのだが、いろんなことを思い出すから進んでは言わなかっただけだ。





「…今はゆっくり話してる時間はないが……今は、昨日までバギーの船にいたってことだけを言っておこう。詳しい事はまた……」

「何じゃと!!娘あの海賊共の仲間か!!!」





町長さんは今にも殴りかかりそうな勢いで立ち上がった。

町長さんの気持ちもよく分かる。





町をメチャクチャにした奴の……今となっては元だが仲間が目の前にいたら、きっと正気じゃなくなるだろう。

そう思って、私はあえて受け身を取らなかった。





しかし意外にもそれを咄嗟に止めたのはナミだった。





「待ってよ!仲間だったら怪我させたりしないでしょ!!」

「いいや、平気でするよ。知っているだろう?くだらない事一つで町を吹き飛ばしてしまう奴だ。当然仲間にだって容赦ないさ。」





「……?じゃあ今も仲間なの!?」

「いやだからコイツはおれの仲間にしたって言ってるじゃんかよ。」





「どっちの仲間でもない!それに『昨日まで』と言ったはずだ。……抜け出したんだよ。」

「「…………は?」」





今言うつもりじゃなかった事柄を告白すると、ナミと町長さんは同時に聞き返してきた。





「何故抜け出したんじゃ!殺されていたかもしれんのだろう!?」

「そうよ!確かに私もあんな海賊団嫌だけど!!」





「お前達は私がバギーの仲間であってほしいのかそうじゃないのか、どっちなんだ。」





ああ言えばこう言う……。

私は少しうんざりしながら話を進めた。





「私も、あの海賊団もバギーも大っ嫌いなんだよ。嫌いな船にいつまでも乗ってるなんて馬鹿らしいだろう?」

「海賊なんてみんな同じじゃない。それとも海賊が嫌い?そんなわけないわよね、コイツの仲間になったんだから!」





人の話を聞いているのかどうか分からない。

もう面倒だからこのまま進めることにした。





「嫌いな海賊もいるし、好きな海賊もいる。海賊だって全部が全部同じってわけじゃない。」

「……意味わかんない。海賊に人情でもあるって言うわけ?」





「そうだ。」





ナミを見つめて迷いなく答えると、ふいっと目をそらされた。





「……あっきれた。」





まるで自分とは話しが通じないと、そう言いたげだった。

無理もないとも思う。





「ルフィ。」





私はルフィに声をかけた。

ルフィは「ん?」とこちらを向いて返事をした。





「何度も言っているが私はまだルフィの仲間にはなっていない。……なれないんだ。でも『まだ』ってことは『いつかはなる』ってことだ。分かってほしい。」





私の『まだ仲間になれない』というのは、当然理由があってのことだ。

懸賞金のことと、村を襲った奴への復讐のため。





ルフィはまだちゃんとした船さえ持っていないルーキーだから、懸賞金がついていない。

ゾロだってそうだ。





そこへ懸賞金五千万ベリーの私が転がり込んだら、どうなるか分からない。

他の海賊に頻繁に狙われることになるかもしれないし、もちろん何もないかもしれない。





そしてもうひとつの大きな理由。

どちらかと言うと、こっちが本音だったりする。





これを片付けないと、ルフィ達に迷惑をかける。

だから私の復讐が終わって生き延びて、もしもまた会うことが出来たなら……いや、約束のためにも見つけてみせる。





だからその時に―――

しかしルフィの答えは、予想していたものがそのまま返ってきた。





「何難しいこと言ってんだ?『いつか』なるなら『今』なりゃいいじゃねェか。」





眉間にしわを寄せて、理解できないといった面持だった。

ルフィの性格ならそう言うと薄々思っていた。





「私にはやらなければならない事がある。それが済むまでは仲間になれない。」

「なんでだよ。」





「迷惑になるからだ。」





きっぱりと言った。

せっかく向こうから仲間になろうと誘ってくれたのを無下にするのは、少し苦しかった。





「はあ?ふざけんな!仲間なんだから迷惑かけて当然だろ!もっと頼れ!!おれはアイツらとは違うぞ!!」





突然声を張り上げたルフィに、私は押し黙ってしまった。

その様子は、少し怒っているようにも見えた。





「仲間に変な気遣うな!やらなきゃなんねェ事なら一緒にやってやる!!」

「……これは私の問題だ。気なんか遣って……」





「それが気を遣ってるって言うんだ!お前の問題はおれ達の問題だ!!」

「死ぬかもしれないんだぞ!!」





言われっぱなしになるわけにもいかず、私も言い返した。

それでもルフィが引き下がることはなかった。




「だったら尚更だろうが!!おれは“仲間”を見捨てねェ!!!」

「!!」




今日初めて会った他人なのにも関わらず、こんなに必死になって私を言い聞かせているということに、今まで感じたことのない感情が心に生まれた。

どうしてそこまで必死になれる?





きっとそこが、ルフィの魅力なのだろう。

自然と人を惹きつける魅力。





シャンクスはきっと気付いていたんだろう。

だから『仲間になれ』と。





私の負けだった。

私がどんな言葉を並べても、それ以上の言葉で返して来る。





理不尽な言い方もあるが、絶対に曲げなかった。

私も、覚悟をしなければ。





「…………わかった。完敗だよ。」





私は腹を括ってその言葉を発した。

バギーたちといる時はこんな覚悟なんかしなかった。




共に命を懸けて冒険するということに、ルフィを通して初めて覚悟を決めた。

あいつらのことは、一緒にいようが離れていようがどうでもよかったのだ。





これが、“仲間”……

私なんかのためにこんなに必死になってくれた。





だから私は、心から信頼しよう。





「私なんかを誘ってくれてありがとう……仲間になる。これからよろしく、船長。」

「何言ってんだ、もうとっくに仲間だろ!」




そういうルフィにはさっきの怒りの表情はなく、嬉しそうに、笑顔だった。



















TOP BACK NEXT