007:世界の広さ
「――――っていう次第なんですよ!」
「ヒドイでしょ!?」
コイツらが海を船なしで漂流していた理由が分かった。
女に騙されたらしい、それもかなりの航海術を持った女のようだ。
「天候まで操れるのか…海を知り尽くしてるな、その女。航海士になってくれねェかな。」
確かに、それほどの航海術を持った航海士もそうそういないだろう。
仲間にするなら、そういった奴がいい。
「あいつは絶対探し出してブッ殺す!!」
「それより、宝をまずどうする。」
「そうだぜ、このまま帰っちゃバギー船長に……!!」
あのバギーの事だ。
くだらない理由で町ひとつ吹き飛ばす。
女一人に宝を奪われ、船まで奪われたとなったら結果は見えている。
「そのバギーってのは誰なんだ…!?」
「おれ達の海賊船の頭ですよ。“道化のバギー”を知らねェんで?」
自分的にあの海賊団はそんなに名は知れていないような気もするが……
実際のところどうなのだろう。
知られているのだろうか。
もしかすると、船長よりも懸賞金の高い私の事も。
「“悪魔の実シリーズ”のある実を食った男でね。恐ろしい人なんだ!!」
「…………悪魔の実を……?」
そういえば……悪魔の実って何種類あるのだろう。
私と、バギーと、あの連れて行かれたルフィ……他にも、この広い海のどこかではたくさんの能力者がいると聞く。
たしか…七武海の連中も……?
そんなことを考えていると、ルフィが鳥に連れて行かれたであろう島に着いた。
「つきました!ゾロのだんな!……と、旅のお人!」
そうだった。
私はこいつらに正体はバレていないんだ。
相手からしたら私はただの赤の他人の一般人。
海賊が一般人を船で送るというのは聞いたことがない。
そう考えると、少しおかしくなった。
「……ん……?」
私は船を降りて町の様子を眺めた。
見たことがある…ような気がする。
それも、つい最近。
「なんだ……がらんとした町だな。人気がねェじゃねェか。」
「はあ。」
バギー一味の一人が、言いにくそうに告げた。
「じつは、この町、我々バギー一味が襲撃中でして……」
そうだ。
この間からある町を襲いに来ていた。
もともと襲撃する気なんてさらさらなかった私は、船からほとんど降りていなかったけれど。
つまり、抜け出したのに再び戻ってきた、ということになる。
怪我までして抜け出した私にとって、すごくもったいない気がする。
「無駄足だったか……」
「え?何か言いやした?」
「あっいや、何も……」
それにしても、これからどうするか……
とりあえず服を買いたい。
いや……この襲撃で町の人々は皆避難している。
買うというより、盗むということになる。
少々気が引けるが、やむを得ない。
実際、私もお金を持っているかと聞かれたら素直にハイとは言えなかった。
「とりあえず、そのバギーってのに会わせてくれ。ルフィの情報が聞けるかも知れねェ。」
そう言った後に、ゾロはチラリとこちらに視線を送った。
お前はどうする?と、問いかけられているような気分だ。
助けてくれた礼もしたい。
だが、まず服をどうにかしないといけない。
私は、後で行く、と目だけで答えた。
すると、ゾロは少し頷いてその場を去った
それに、一緒について行くとバギー一味の男達に不審がられる。
彼らからしたら、今の私は一般人だから。
……まぁ、後で行けば不審も何も、私だとバレるわけだが。
とにかく、服をどこかで調達しなければ何も始まらない。
ついでに傷の手当もしておきたい。
もうバギーとは会いたくはないが、きっとそれは無理な話だと思う。
鉢合わせするときっとまた戦闘になる。
そのためにも、少しくらい手当をしておきたいと思った。
もっとも、ルフィを助けたら即刻町を出るつもりをしている。
これ以上、アイツの近くにいる必要なんかない。
……町を出たらどうしようか。
まず自分が乗る船を探して、……あの男を探して……
私の村を、大切な人を奪った、あの男に、復讐したい。
「それにしても、本当に人がいないな……」
暫く進んだが、人の気配を感じない。
やはり、皆避難しているんだろう。
海賊は金品を盗み、町や人を襲う……
こんなことばかりしていれば、そういう考えが定着してしまうのも無理はない。
でも、海賊もそんな連中ばかりじゃない。
私も、同じことを経験した。
それでも、外の海から来た海賊に会って……
私は知っている。
だから私は、シャンクスのような海賊になる。
そして、いつかあのルフィと一緒に、航海できる日が来たならば……
そこまで考えて、思考を止めた。
今思ってもどうにもならない。
未来は、誰にも分からない。
私は、近くの服屋に入った。
「まず、着替え……だな。」
手当は、ゾロとルフィが応急処置をしてくれている。
しかしさすがに私でも、上下とも血で汚れている服は早いうちに着替えたい。
「これ、と……これでいいか……」
適当に服を選んで、奥の小さな部屋に入る。
どちらも、ゆったりしたつくりで傷に触らないようなものだ。
私は部屋にあった救急箱で手当をして、選んだ服に着替えた。
着ていた服は、どうしようもないのでゴミ箱に捨てた。
シャンクスから貰ったマントだけは、何があっても離さないけれど。
「思った以上に時間がかかったな……」
「……ォ………ォォ……!!!」
「……ん…?」
なんだ…………?
何か聞こえたような……
………気のせい……か…
…………
…………ズゥゥン……ズゥゥン……
心なしか地響きして…………
…………
もしかして…………
「モージ……の奴か………?」
……だとしたら、かなりマズイ。
猛獣使い……確か、変なライオン……?みたいなのを連れていたな…
名前は……なんだったか……リ…リー………
いや、今はそんなことはどうでもいい。
猛獣使いということは、その変なライオンの嗅覚を使われると見つかる可能性がある。
出来るなら、面会は御免被りたい。
……裏口から出よう。
ガチャリと裏口のドアを開け、辺りに誰もいないことを確認して、逃げるように店から右手側……町の奥側へ走った。
しかし、店を出て走り出した瞬間に左側から轟音と共に何かが飛んできた。
一瞬、大木かと思い咄嗟に受け身を取った。
飛んできたソレは、私に直撃し、反動でそのまま後ろに倒れ込む。
「った…………」
背中を強く打ちつけたようだ。
かなり痛い。
飛んできたものを見てみると、それは大木ではなく人だった。
麦わら帽子の、ルフィだった。
「あーーーーびっくりした。裏の通りまで吹き飛んじまったよ。」
「ル……ルフィ?」
「ん?って……じゃねーか!!どーしたんだこんなとこで!!」
「え?い、いや、小舟でルフィが鳥に連れて行かれてたからな……私も助けてもらった身だ。礼がしたくてな。」
「そーなのかー!じゃ、おれの仲間になれ!」
「……は?」
……私は礼がしたいと言っただけで、仲間云々は……
「礼がしたいって言ったんだろ?じゃ、おれの仲間になれ!」
「……なんでそうなるんだ……」
どういう理屈でそういう考えが思いつくんだ……
「おれの仲間になることが礼だ!それ以外のことは、お前が礼だと思ってやったとしてもおれは礼と認めねェ!」
「……なぁ、ルフィ。屁理屈って知ってるか……まぁその話は後だ。とりあえず、降りてくれないか。」
未だに彼は私の膝に乗ったまま話していた。
いい加減、重い。
「あ、そーだな!悪ィな!怪我とかしてねーか?」
「ああ、背中を強く打っただけでそれ以外はなんともないよ。」
「そっか!」
シシシ……と笑う顔は本当に無邪気で、とても海賊には見えなかった。
シャンクスと同じだ。
「そういえば、お前なんでいっつもフード被ってんだ?邪魔だろ。」
「……こ、これは、その……人と違う…から…」
「何が違うんだ?」
「…………髪とか目の色が……目立つんだ……」
少し控え目に言う。
10年前に外の海に出てから暫くは普通に過ごしていた。
『見てあの子……変わった目の色……』
『髪も白っぽくて年寄りみたいだな』
けれど道行く人がヒソヒソと話しているのを聞くたび、少しずつ気になっていつの間にかコンプレックスになっていた。
ルフィの表情をチラリと盗み見ると、意味が分からないといった面持だった。
「そんなの気にしてんのかよ?ゾロだって髪は緑色じゃねーか。ナミだってオレンジの髪だしな〜。」
ナミ……?
誰だろう……?ここに来て出会った人物だろうか……
「それにデカッ鼻の奴だって髪は水色だし、そいつの仲間にライオン使う奴がいんだけどよ、そいつらよりずっとお前の方がマシだぞ?」
「……!」
「だからよー、それ、取っちまえよ!」
「あっ……」
言葉を発する前にフードを取られてしまった。
ふわっと視界が明るくなった。
こんなに明るかったんだと、実感する。
「きれーな目に髪じゃねーか!隠すなんてもったいねーよ。」
「え……あ……」
一瞬感じる焦りのような、奇妙な感じ。
被り直そうと手を伸ばしても、目の前の彼によってそれを阻止させられる。
「一回、堂々としてみたらどうだ?海は広いんだ。お前みたいな奴たくさんいる。」
「……」
そう言われて、自分の意志で堂々としてみようかと思った。
ルフィの言う通り、もしかしたら考えが変わるかもしれない。
すぅ……と息を吸い込んで、空を仰ぐ。
綺麗な水色の空。
真っ白い雲が、空に点々と浮かんでいる。
そして、あたりをゆっくり、ぐるっと一周見回す。
なんだか、心にあったもやが晴れるような、そんな気持ちになった。
凄く、気持ちいい。
「どうだ?」
「……凄く……気持ちがすっきりした。……ありがとう、ルフィ。大事な事を教えてくれて。」
「そんな大したことしてねーぞ?」
「君はそう思うかもしれないな……それでも、私は感謝してるよ。」
「そうなのか。」
また、シシシと笑う。
つられて、私も笑う。
久しぶりに、心からの笑顔を出せた気がした。
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