夢を見た。
10年前の、あの悪夢を。
006:麦わらと海賊狩り
『生きて、幸せに―――――』
そう言って、私を生かしてくれた姉の顔が映る。
昔みたいに、はっきりと思い出せなかったけれど。
「…………い!……おい…!」
…………?
知らない男の声がする。
低い低い声が。
「お……え…………丈夫か……!?」
また、知らない男の声。
今度は、先程の男の声より少し高いような、幼い感じがする。
目を、開けてみる。
目を開けると、やはり知らない男が二人、私の顔を覗いていた。
戸惑いのような、焦っているような表情だった。
「生きてたか!!良かったなァ〜!」
「妙な拾いモンしちまうトコだったぜ……」
一人は頬に傷のある、麦わら帽子をかぶった黒髪の少年。
同年代くらいだろうか、まだ少し幼さを感じた。
もう一人は、緑の腹巻に剣を三本さした、三白眼の気のある目をした緑の髪の男。
自分より少し年上そうな雰囲気を醸し出している。
後者は、おそらく“海賊狩りのゾロ”だろう。
海賊らしいことをしたことがない私でも、それぐらいは知っている。
「で、アンタはなんでこんな海のど真ん中で傷だらけで小せえボートで漂流してたんだ?」
そういえば、私は昨日どうしたんだ。
バギーではなく、なぜ海賊狩りのゾロと麦わらの男がいる?
まだ、ぼーっとする頭を回転させて思い出す。
昨夜は、宴をして、そして……
そうだ、抜け出してきたんだ。
目的の為に。
「少し事情があって……」
「そっかー。けど驚いたぞ!帆も張ってないボートに傷だらけの女がいたんだもんなー。」
「まァ応急処置だが一応手当はしといた。足はズボンを破かせてもらったけどな。」
右足の傷を見ると、ズボンを裂いて、確かに手当されていた。
羞恥などは感じなかったが、もうこのズボンは使い物にならなさそうだ。
島に着いたら、まず服を買わねば。
「助かった、感謝する。私の名はだ。」
「俺は、ルフィ!海賊王になる男だ!よろしくな、!」
「……ロロノア・ゾロ。」
やっぱり、海賊狩りのゾロだった。
しかし助けてもらった身。
大人しく様子を見ていよう。
それにしても、ルフィといった麦わらの男は“海賊王になる”と言った。
名は聞いたことないが、おそらくルーキーの海賊だろう。
「「腹減った。」」
突然、二人がそう言いながら仰向けに倒れた。
そういえば、私も昨夜から何も食べていない気がする。
さすがに、空腹を感じるわけだ。
「お、鳥だ。」
「でけェなわりと…」
空を見上げると、確かに大きな鳥が空を飛んでいた。
丁度、私達の真上辺りを。
「食おう!!あの鳥っ!も腹減っただろ?」
「……まァ…そうだな。」
「けどどうやって…」
普通に考えるとそう思うのが通りである。
鳥は遥か遠い空にいるのだ。
捕まえようにも捕まえられない。
「おれが捕まえてくる!!まかせろ!ゴムゴムの…」
何かが、引っかかった。
ゴム…?
「ロケット!!」
するとルフィは、伸びるはずのない腕を伸ばして、ロケットの様に飛んで行った。
悪魔の実の能力者か……
何かが引っかかる。
麦わら帽子、ゴム人間、同年代くらい。
まさか、彼がシャンクスの言っていた、あの……
その可能性は、無きにしも非ずだ。
本人に直接聞けばいい。
「ぎゃーーーーーーーっ助けてーーーーーーーっ」
「あほーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
何事かと思えば、鳥が予想以上に大きくルフィは頭をクチバシに銜えられ、鳥と一緒にまっすぐ飛んで行った。
何をやっているんだか……
「一体何やってんだ!てめェはーーーーー!!」
どうやら同じことを考えていたらしい。
いつもこんな調子なのだろうか。
だったら先が思いやられる。
しかし放っておくわけにもいかず、ボートを漕いで追いかけた。
ゾロがオールを二本とも持って漕いでいるのを見て、一本借りて漕ごうかと思ったが。
「あ?怪我人は大人しくしてろ。」
と一蹴されてしまった。
「そういやお前、航海術は持ってるのか?」
突然何を聞くのだこの男は。
海賊でも海軍でも、海を渡るものは全員、基本的な航海術を持って当然なのだ。
私も、航海士ではないが基本的なことは学んだ。
学びたいと思って学んだわけではなかったが、目的のためやシャンクスに会うには少なからず必要だったから。
「基本的な航海術は持っている。お前も持ってるだろう?」
「いや、持ってねェ。丁度良かった、航海士を探してたんだ。」
自分の耳を疑った。
航海術を持ってない。
それで海賊を名乗るのか……
呆れたものだ。
「……海に出るものの最低限の能力だぞ。賞金稼ぎじゃなかったのか?海賊狩りの。」
「海賊狩りって呼ぶんじゃねェよ……俺は賞金稼ぎと名乗った覚えは……」
「それに、私は航海士じゃない。海賊を名乗るなら、それなりの航海術を持った航海士を仲間にするんだな。」
「そうするだろうな、あの馬鹿なら……だが…」
ゾロが何か言いかけた時、悲鳴に似た叫び声が遮った。
「おーーーーーーい止まってくれェ!!」
「そこの船止まれェ!!」
見ると、数人の男が海の中にいた。
どうやら遭難者らしい。
「遭難者か、こんな時に!!」
ゾロも気付いた様子だが、速度を緩めるつもりはないようだ。
それどころか、速度が速まっている気がする。
「勝手に乗り込め!!船は止めねェ。」
「な!!なにいっ!!!」
かなりの無茶振りだが、男達はそれでも這い上がってきた。
これで乗り込むとは思っていなかったため、自然と感嘆の声が漏れた。
「へえ!よく乗り込めたな!」
ゾロも同じだったようだ。
乗ってきた彼らに目をやると、見覚えのある海賊マークが、一人の帽子に刻まれているのを見つけた。
私は、さっとゾロの後ろに回り込み、耳元で囁いた。
「わ、悪いが……少し匿ってくれないか?」
「なんだ急に……匿う…?こいつらからか?」
「あ、あァ……頼む。」
ゾロの気遣いからか、詳しいことまでは聞いてこなかった。
こちらとしても、それはありがたい。
初対面で私は海賊、相手は海賊狩りだが助けてくれるようだった。
今戦っても船の上のど真ん中な上、こちらは手負いだ。
能力を使えば問題はないが、無駄な殺生はしないつもりだった。
なんとか、彼らに気付かれる前に、ゾロの背中に隠れられた。
「おい、船を止めろ。俺達ァあの、海賊“道化のバギー”様の一味のモンだ。」
雑だったとはいえ、こちらは船に乗せてやったようなものなのだ。
私達がここを通らなければ、いずれ海の藻屑となっていただろう。
ゾロへの感謝の言葉の一つもないのかと、先程以上に呆れた。
ここまで落ちぶれていたのか、この海賊団は。
「あァ!?」
その声が合図だったかのように、喧嘩に似た戦いが始まった。
戦い、というと少し大袈裟な気がするが、喧嘩、ともいえないものだ。
風が吹いた時に、私はフードを被っていないことに気付き、急いで深く被った。
幸運なことに、まだ彼らに“私”であると気付かれていない。
勝負はあっという間に決着がついた。
結果はゾロの圧勝だった。
さすがに、伊達に海賊狩りで通っているわけではないようだ。
負けた男達は、ニコニコしながらオールを漕ぎ始めた。
「あっはっはっはっはーーーーーーっ。」
「あなたが“海賊狩りのゾロ”さんだとはつゆ知らずっ!失礼しましたっ。」
「てめェらのお陰で仲間を見失っちまった。とにかく、真っ直ぐ漕げ。あいつの事だ、陸でも見えりゃ自力で降りるだろう。」
確かに、ゴムなら衝撃も弱まるかもしれない。
ゴムじゃなくとも、自力でなんとかしそうな気もするが。
「ところで・・・後ろのお連れさんは大丈夫なんで?」
ぎくり。
安心しろ、まだ彼らには“私”だとバレちゃいない。
上手い具合に誤魔化せば、なんとかなる。
「あァ…………。こいつァ旅人で、陸に着くまで船に乗せてるんだ。乗り慣れてない船旅で酔ったんだろ」
「なるほどー、いやー最近ウチの海賊団のクルーも一人脱走したらしくて!その脱走者ってのが女なんですがこれまた末恐ろしい程の美人で…」
バギー海賊団の脱走者。
私のことだ。
船にいた時も、聞こえてはいなかったがあちこちで“美”という言葉を聞いた。
私の、どこが美しい。
誰かを犠牲にしなければ、生きてはいなかった私の、どこが。
それならば、町にいる年頃の娘達の方が、純粋で、よっぽど美しいだろう。
「その女、ちょうどその旅人さんと似たような黒コートを着てるんですよーそれに……」
少し緊張が走る。
何を、言い出すのだろうか。
「光に反射して美しく輝く白銀の髪!陶器のような滑らかで白い肌!そしてそして!世にも珍しい透き通った翡翠の瞳!」
「あれは美人だよなー。」
「結婚相手は幸せ者だろうなー。」
などなど、それどれが思い思いに言い合っている。
私は、ゾロにこのことを話していない。
それでも、匿ってくれるのだろうか。
「へェ……緑の目か……見たことねェな。」
嘘だ。
先程まで、私はフードを被らずに話していた。
髪だって晒した。
ゾロはもう、気付いている。
私が、この海賊団からの脱出者であることを。
それでも、知らないフリをしてくれているということは、匿ってくれるという合図であろう。
つくづく、この男には感謝だ。
「――で、なんで海賊が海の真ん中で溺れてたんだ。」
話題が切り替わった。
それは、私も気になっていたことだった。
確か、この男たちは数日前に商船を襲いに行ったやつらだ。
少なからず、宝も持ち帰っているはずだ。
だが、宝どころか、乗っていた船さえ見当たらない。
商船に負けたのだろうか。
「それだっ!!よく聞いてくれやした!!」
彼らは、ここぞとばかりに今まで以上の声を上げた。
「あの女っ!!」
「そう、あの女が全て悪いっ!!!」
「しかもかわいいんだ結構!」
そして、私達は彼らを流した女の話を聞くことになった。
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