005:海賊船脱出







時計の針は、夜中の3時を差していた。

は、気配を消して船内を移動していた。



海図は宝庫にあるはずだ。

しかし、当然見張りもいる。



それに、宝庫の扉には鍵が掛かっている。

まずはあの見張りを何とかしなければならない。



は、手のひらでガラスの小瓶のような形の薄い氷の塊を作った。

それを自分とは正反対の方へ投げる。



床に落ちた氷は、カシャンッと音を立てて割れた。




「?何だ?」



見張りがその場を離れた。

氷はかなり遠くへ飛んだので、成功だ。



は、見張りが完全に遠くへ行くのを確認して扉に近付いた。

そして、鍵穴に手を翳す。




冷気を送り込んで、氷の鍵を作る。

先程の脆い小瓶の氷よりも強固な鍵を作り、扉を開ける。




宝庫には、沢山の宝や、宝箱がある。

奥の方に、少し高い台があった。




その上に、一つの宝箱がある。

それを慎重に開けると、丸められた古びた紙が入っていた。




「これが……“偉大なる航路”……グランドラインの海図……!!!」




小さく呟いては海図を持ち、宝庫をあとにした。











脱出するためのボートは、既に用意してあった。

あまり大きすぎると、見つかってしまうので、小さめにした。



静かに、10年前のことを思い出した。




自分を連れて逃げた姉。

もしも自分を置いていけば、姉さんは助かったかもしれない。



けど、姉は私を逃がして、自身を犠牲にした。




あの時の銃声が頭から離れない。

は、拾われてから、暫くの間同じ夢を見続けた。




毎日毎日、あの悪夢が、映画のように。

また、あの悪夢を見るだろうか。




いろいろな思いに浸りながら、はボートの元へ歩いた。

すると突然、それが来た。




「っ!!!?」



左の太ももと、右の横腹に、鋭い痛みが走った。




「うっ……ぐ…」




一瞬頭が混乱して、その場に膝をついて蹲った。

傷を受けた箇所を見ると、ナイフを握った手が太ももと横腹に刺さっていた。



ナイフを握った手だけが、宙に浮いていた。

こんなことが出来るのは、一人しかいない。




「バギー……っ!!!」



手が飛んできた方を睨むと、暗闇の中から赤い鼻と、水色の髪が見えた。

この船の船長の、バギーだ。



彼の腕にあるはずの手は、の太ももと横腹に刺さっているナイフを握っている。




「なーにやってんだァ?こんな夜更けにグランドラインの海図なんか持って、どこへ行こうって?」

「関係ないだろ……私がどこへ行こうかなんて…」




ナイフが傷口から抜かれた。

同時に、再び電撃のような痛みが走って、顔を歪めた。




その時に手が緩み、持っていた海図が乾いた音を立てて床に落ちた。

バギーは片手でそれを拾って自分の腕につけた。



もう片方の手で、の顎を持ち上げた。

その手の中からは、いつの間にかナイフは消えていた。




「関係ないだってェ?10年前にお前を助けて今まで育ててきてやった挙句それか?躾の仕方を間違えたな。」

「お前なんかに……躾けられるくらいなら…死んだ方がマシだっ……」




「それが10年間育ててやった者への言葉か?仮にもおれァお前の父親だぜ?」

「なん……だとっ……!!」




は首を振って、バギーの手から放れると、傷付いた横腹を抑えながらフラフラと立った。

そして、透き通った翡翠の瞳でバギーを睨んだ。




「お前なんかが……父親だと?」




はっ!と乾いた声で笑った。




「お前なんか父親じゃない!!!!仮にお前が父親ならば、今!この場で殺してやる!!」




は自分でも驚くほどの大声で言った。

今ので、何人かのクルーが起きてしまっただろう。




海図を諦めてでも、は船を抜け出すつもりだった。

あまり長く、こんなことをしていられない。





「ほーう…ならお前には親と呼べる奴はいなかったのか?聞いたぞ、母親はお前を生んですぐに死に、父親は余程のことがない限り帰って来なかったって?哀れなモンだなぁ!えぇ!?」

「だまれ!私にも、親と呼べる人はいた!」




傷口から、再び激しい痛みが襲って来た。

意外に、傷は深いようだった。



「なら聞いてみようじゃねぇか・・・誰だ?そいつァ。」




聞かれて、反射的に思いついたのは、三人の顔だった。

姉の、オリーディア。




それと――――――




今着ているマントをくれたシャンクス。

シャンクスとは、とても短い間の付き合いだったが、にとって本当に父親のような存在だった。





もう一人の顔は…………

シャンクス以上に短い付き合いだったけれど、自分を『娘』と呼んでくれた人だった。




「聞いてどうする……意味のないことだ。」




そろそろ時間がなくなってきた。

は意を決して、一気に身体から大量の冷気を放った。



すると、大気中の水分が冷気で凍り、辺りは白い靄に包まれた。





「なっ…なんだこりゃあっ……!!まさか、お前…!!」




混乱しているバギーの真横を、痛みに耐えつつ走りながら通り過ぎた。

通り過ぎる際に、はバギーに言った。




「今まで隠してたけど、私、能力者なんだ。」

「っ…!てめぇいつから……畜生!前が見えねえ!」




「お前が私を拾った時はすでに能力者だったよ。」




は、一応この船の戦闘員である。

しかし、能力のことは誰一人として話していなかった。



どうせ拾われた時から、抜け出すことを決めていたのだ。

言うつもりなど微塵もなかった。




けれど、には五千万ベリーの懸賞金がかかっていた。

船長であるバギーの金額を遥かに上回るその金額には理由がある。




まず、は戦闘員でこそあったが、戦闘は全くしていなかった。

戦闘に出してもらえなかったのではなく、個人の意思で戦闘に不参加だった。




意味のない殺戮など、彼女にとって最も嫌うものだった。

たった一人の肉親を、それで失ったのだから。




戦闘をしない戦闘員を、海軍は海賊団の切り札と思い込んだらしい。

何の力かは分からないが、それ故につけられた金額だった。




もしかすると、悪魔の実を食べている可能性が無きにしも非ずと、思ったのだろう。




そしてもう一つ、理由としての一族の力に関係があった。




や、オリーディアのように雪国の緑目の民には数百年前から、それ以上からかもしれない、語り継がれた迷信のようなものがあった。

逆情すると六感が働いて、通常の数倍の力を発揮する。と云われていた。




しかしそれはあくまで何百年前の話で、ここ数百年そういった関係で事件が起きたりしていないので、最近では迷信として語られていたらしい。

だが、語り継がれることは今では滅多になかった。




事件がなくなるにつれ、語り継がれることもなくなっていったのだ。

おそらく、現代で知っている者は考古学者か海軍くらいだろう。




現に、その緑目の彼女自身さえ知らないことだった。




もしもが知っていたら、あの時、姉を助けていたに違いなかった。

どんな手を使ってでも、逆情させて。



けれど、それは難しい話だった。

しばらく緑目の民が関わっている事件がないということは、その分力が、血が、まだ眠っているということだ。




彼女にとって、余程のことがない限り、力は目覚めないだろう。

村の襲撃を上回る事件が起きなければ。




その彼女は今、用意していたボートに乗り込むと、ロクな応急処置もせずに意識を失った。



















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