とある日。
とある海域。
そしてとある商船。
私は、自称“仲間”達とこの商船を襲いに来た。
炎の男
私は滅多に頼まれ事なんかされなかったが、今は人手が足りないらしい。
そこでかりだされたのが私だ。
最初こそどう免れようかと考えていた。
けれど、考え方を変えてみた。
これを脱出の好機にするというのだ。
上手くいけば、脱出できると考えてみた。
そして私は、他の一緒に行く奴らに連れられてここにいる。
上手く商船に乗り込んだ。
私は商船の船乗り達を傷付けるつもりなんてない。
逆に一緒に来た奴らと戦うつもりだ。
これくらいの奴らなら、なんとか倒せるだろう。
そう思って、船内の物陰に隠れてチャンスを待った。
ここまでは順調だった。
順調だったんだ。
けど、突然聞こえてきた声は想定の範囲外だったんだ。
「うわァァァァァァァ!!」
「なんだコイツ……ッ!!能力者か!!?」
「おいやべェぞ!!アイツ、ロ、自然系だ!!」
外にいた“仲間”が次々に叫んでいた。
何事だろうか……。
何者かが船を襲って来たのは間違いない。
確か、バギーの船に自然系の能力者はいないはずだ。
なら、私達を援護に追ってきた奴らではない。
そもそも、援護に来たなら襲いかかりなんかしないか。
偶然他の海賊団が襲って来たのか。
間が悪かったと言う事か。
とにかく、今こんなところでコソコソしていると私も命を奪われかねない。
出て応戦するしかないか…船を傷つけられたら脱出も何もない。
私は、大きく深呼吸をしてバッと出た。
それと同時に視界に入って来た、赤い炎。
若い男の声。
「火拳!!!」
そこには、上半身裸のテンガロンハットを被った青年が立っていた。
炎はその青年から出ていた。
さっき言っていた能力者とはこの男のことか。
それはすぐに理解できたが、まさか一人で攻め込んできたのだろうか?。
周りに人がいないのを確認すると、どうもそうらしい。
ということは、かなりの曲者ということだ。
「なんだ、まだいたのか。」
次は私だ―――
そう思って戦闘態勢に入った時にはもう遅かった。
走ってこちらに突っ込んでくる。
そのスピードは尋常じゃなかった。
男は私に何をする暇も与えない内に、そのままのスピードのまま勢いよく私の体を押し倒した。
「――っ!!!」
背中を強く打ちつけ、声にならない叫び声をあげた。
私の上に馬乗りになった男は、両足で私の両手を押さえつけて対抗できないようにした。
「だが、お前で最後みたいだな。」
左手で私の胸ぐらを掴んで押さえつけ、炎を纏った右手を高々と掲げた。
男一人分の全体重が、私に乗っているのだ。
動こうにも動けない。
私の頭の中に、“死”というものが一気に流れ込んできた。
昔の事、姉さんが最後に見せた笑顔が甦ってきた。
そして、シャンクスの優しそうな笑顔も。
シャンクスとの、姉さんとの約束をまだ果たしてない。
まだ、死にたくない…!!!
「火拳!!」
掲げた拳が私目掛けて振り降りてくる。
私は、咄嗟に目を瞑って、
「いやっ……っきゃああァァァァァァ!!!!!」
いつの間にか叫んでいた。
今まで叫んだことのない自分でも驚くような、甲高い声。
これで、終わりなんだ…
そう思ったけれど、いつまでたっても待っていた衝撃は来なかった。
顔の前で熱気は感じる。
そうっと目を開けると、顔面スレスレのところで拳が煙を上げていた。
「っはァ、っはァ、っはァ」
詰まっていた息を吐き出すが、上手く呼吸ができない。
とどめを刺すんじゃなかったのか…?
その思いももちろんあったが、何よりもまず助かったということが私を安堵させた。
しかし、本当に微動だにしない目の前の男はどうしたのだろうか。
なんで動かないんだろう。
そう思いながら男の顔を見ると、放心したような、呆気にとられた顔をしていた。
先程の剥き出しだった殺気はもうどこにもない。
けれど私もあんな悲鳴をあげてしまい声をかけにくいのではあるが、このままというわけにもいかない。
何より、重い。
押しつぶされそうだ。
「……………女……?」
声をかけるか否か考えていたら、ポツリと男が呟くように言った。
「え?」
思わず聞き返すが早いか、男は慌てて私の体から飛びのいた。
次に私が声をかけるより早く、男は立って体を直角に曲げた。
「悪かった!!!!」
そしてそのまま発した言葉は謝罪だった。
状況が読めずに、今度は私が呆気にとられた。
「お前、フード深く被ってて、顔がよく見えなかったし、上着も全身覆ってるから、その、お、女だって気付かなかったんだ!」
あ…そういう意味か。
私は起き上がって男をまじまじと見た。
最初見た時はそれどころじゃなくて気付かなかったけど、筋肉質で逞しい体つきをしている。
この体が乗っていたと思うと、今では信じられない。
「あの……ゆ、許してくれるか…?」
私よりも明らかに年上でさっきまであんなに威勢よく戦っていた人が、今度は子犬のようだ。
「あ、えと……許すも何も……私は……」
私は男の向こうに倒れている人達に視線をやった。
男は私の目線を追って、同じものを見た。
「…仲間か?こいつらの。」
「仲間……なのかな。私はそんなのごめんだけど。」
そういう私を、男は少し意味が分からないと言いたそうな顔で見た。
「私、昔死にかけだったところを海賊に拾われたんだ。今もその海賊団にいる。」
「なんだ、お前も海賊なのか。」
「うん。でも私今の海賊団が嫌いで、今回こいつらと一緒に来たのも上手くいけば、抜け出せると思ったからなんだ。」
「海賊が嫌いなのか?」
「そんなんじゃない。私は海賊になりたかった。でも、拾われた海賊団は町や人を襲うばっかりで…それが嫌だったんだよ。」
「…………。」
「だから今日、どうやって抜け出そうか考えてたらアンタが来た。これで楽になったよ。ありがとう。」
「……礼を言われることはしてねェよ……むしろ謝らねェと。」
私はなんでそんなに謝るのか不思議だった。
それを聞いてみると小さい声でブツブツと言った。
「…女を床に叩きつけるみたいに押し倒したり…上に乗って両腕押さえつけたり……む、胸ぐら…思いっきり掴んで押さえつけたり……」
ただでさえ小さい声がだんだんフェードアウトしていくのが分かった。
なんだかかわいそうになってきた。
「おれ……男として最低なことしたな……。」
「い、いや、こんな全身覆ってたり、フード深く被ってたら一瞬分かんない、よ、うん。私も気にしてないし、気にしないで!」
「…本当か?」
「本当本当。」
「あっ…ありがとう!!」
気にするなとは言ったけど、正直女に見られなかったというのはショックだった。
しかしさっきの落ち込みようを見ると、そんな事は口が裂けても言えない。
「…あ。」
突然、何かを思い出したように男が声を上げた。
「何?」
聞いてみると、私の方を向いて言った。
「お前、これから行くアテあるのか?」
「アテ?…………ない。」
もちろんそんなものはなかった。
私の探している人物は今どこにいるのか分からないし、シャンクスの言っていた子もどこか分からない。
私は一人で海をふらふらするつもりだった。
「行くアテないなら、おれ達の船に来いよ。」
「……え?」
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