“白ひげ”の船









「大きい……。」





エースに連れて来られた船は、遠くから見ている今でも船首がクジラのような形をしていて、大きさもそれに等しい程というのが分かった。

ここに来る途中にいろいろ話して、名前はエースというのとあの『白ひげ海賊団』にいるとの話は聞いていた。




エースという名をどこかで聞いたことがあると思っていたら、七武海の勧誘をケッたといって騒がれていた1,2年前のルーキーだった。

しかし実際、本物の船を見るまでは疑っていた。





「皆良い奴ばっかだ!きっとオヤジもの乗船に賛成してくれる。」

「で、でも私……」





やらなければならない事がある、というのも来る途中に話していた。

けれどエースはこう返して来る。





「海賊は自由だ。寄り道だって自由にすりゃいい。」





私の方がずっと海賊を名乗っていた時期は長かったが、『海賊』としての生き方はエースの方が十二分に知っていた。

私も、こんな風に生きたかった。





もう人生が終わりってわけじゃないけど、今まで海賊として生きてきた時間は何だったのかと考えさせられる。

そうこうしているうちに、白ひげの船『モビー・ディック号』に到着した。




船に上がると、何人かの男達が甲板に出ていた。

エースの姿を見つけると、吸い寄せられるように集まっていく。





「よう、早かったなエース。」

「あんな奴らにやられるかよ。」





「おかえりエース!」

「あァ、ただいま。」




「腹減ってんじゃねェか?お前のことだから聞くだけ無駄だろうけどよ!」

「おう!腹いっぱい美味い飯食わせてくれ!」





一人一人にきちんと返事をしていて、それだけで厚い信頼を寄せられていると分かった。

しかし、エースを連れていかれたら私はどうすればいいのだろう。





そもそも見知らぬ顔が普通に船に乗れていること自体がおかしい。

まぁ、『白ひげ海賊団』に私一人が敵うはずもない。






「なァ、土産はなんだ?宝は!」

「あァ、アイツだ。」





何人かの「え?」という声が重なって、エースの指差す方を見た。

エースの指先はこちらを向いている。





そういえばこの下に船を着けてあるな、と思い邪魔にならないように横にずれた。

しかし再度エースを見ても、指先はこちらを向いたままだ。





?私の後ろにあるのだろうか、という考えも出てきて振り返ってみたが、そこには真っ青な海が広がっているだけだった。

私はふと違和感を覚え、その辺りを動き回ってみた。





案の定私の予想通り、エースの指は私を追いかけてきている。






「…………私?」





エースに確認するように自分を指差して尋ねると、元気よく「おう!」と返ってきた。

暫くの沈黙が続いたが、その間エースの太陽のような笑顔が絶えることはなかった。





それから、歓喜の声が周りから響いた。





「まじかよエース!」

「ヒャッホゥ!女が増えた!!」





「おい、いやらしい目で見てんじゃねェよ!」

「かてェこと言うなって!船が一層華やかになるんじゃねェか!エースは嬉しくねェのか?」





口々に喜びの言葉を交わし合っているクルー達。

置いてけぼりにされている感じがするが、女一人でこんなに喜ぶものなのだろうかと関係ないことを思ってしまう。





「たまにはこういう手柄もいいな。」

「そういやこの娘どうしたんだよい?どっかの町の子攫って来たのか?」





「そうそう!新しいナースになるのか?」





ナース。

この船にはナースがいるのか。





船医なら分かるが、ナースは初めて聞いた。






「攫って来たんじゃねェ、前いた海賊船抜けだして行くアテないって言うから連れてきたんだ。ナースにもさせねェ。」

「海賊団?抜け出した?…ってことはこの娘海賊か!!」





そう言われて、一気に戦闘態勢に入る。

と思われたが予想が外れた。





逆に私を、更に興味を持ったという感じにまじまじと見つめてきた。






「へェー海賊団抜けてきたのかー度胸あんなァ!」

「どこの海賊団にいたんだい?」





「え?えっと……『道化のバギー』っていうところに……」

「んん?聞いたことあるような無いような……」





「おいお前ら、その前に言うことがあんだろが!名前だよ、な・ま・え!」

「そういえばそうだね、おれハルタ!」





「マルコだよい。」

「イゾウだ。」





「おれはサッチ!これからよろしくな!」

「いや、でも、まだ仲間になるって決まったわけじゃ、」





その後も「おれは」「おれは」と名前を言って来てくれたが、多すぎて覚えられなくなって遮った。

とりあえず今言ってくれた四人の顔と名前はなんとか覚えておこうと思う。





他の人と比べて個性的な外見もしているし、きっと覚えられるだろう。






「オヤジなら大賛成さ!で、君名前なんての?」





そう言っていると案外大反対だったりするんだよな…と思いながら私は自己紹介をした。





ちゃんか、綺麗な名前だな!」

「フード取っちまえよ!今ちらっと見えたがなかなか美人だぜ!」





その言葉に反射的にフードを押さえた。

こんなに良くしてくれてるのに信頼できてないみたいで嫌だったが、体が勝手に動いていた。




よく考えると普通はこんなすぐに信頼しあえるはずもなかった。

私の目の色を見ると、手のひらを返したように扱われるかもしれない。





見世物として売られるかもしれない。

そう考えると、急に怖くなった。




バギーのところにいた時も考えてはいた。

長年の付き合いで、その感覚がマヒしていたのかもしれない。




今になって、初対面の人に素顔を見せるという今になって、その恐怖がよみがえってきた。

私も私だが、きっと向こうも怪しんでいるに違いない。





「なんだ、隠しちまうのかよい。」

「えぇ!?なんでだよ!珍しいきれーな目の色だったのに!」





サッチさんが至極残念そうに言う。

その言葉に絶望した。




目を、見られた。





頭の中が真っ暗になりかけた。

どうなるだろう、これから。




抜け出すなんて考えず、大人しくしていれば良かったのか。

不安と焦燥に押しつぶされそうだった。





「……珍しかったのか?」




名前を教えてくれた中でも一際変わった服装と髪型をしたイゾウさんが、確かめるようにサッチさんに尋ねた。

サッチさんも「そりゃあもう!」といった風に興奮していた。





「じゃあ、見られたくないとかそんなんじゃないか?」

「…………!」




イゾウさんの言葉は、まるで私の心を読み透かしたような言い草だった。





「今までに何かあったんだろ。今じゃ珍しいモンは即シャボンディのオークション行きだからな。」





シャボンディのオークション。

少しだけ聞いたことがある。




人間を売るヒューマンオークション。

今まで信じていなかったけど、この場で初めて本当だということを実感した。





「あーなるほど……言われてみりゃあ確かに……」

「それと同時におれ達は信用されてねェってわけだ。」





嫌味な風に言ったわけではなかったけれど、その言葉は私の心にグサリと刺さった。

そんな私の心情なんておかまいなしに、懐かしむように話を始めた。





「そういやァエースが来た時もなかなかだったよな。」

「しばらくはおれ達の事信用してなかったよなァ。」





「隙あらばオヤジの首取ろうってな!」

「今思えば懐かしいなァ。」





あははは……という笑い声が続いた。

エースが、この人達を信用していなかった……?




さっきの会話を聞く限り、そんなことは想像できなかった。





「けどよエース、この娘本当に攫って来たとかじゃねェのか?嫌々連れて来させたとかそんなんじゃねェよな?」





サッチさんがエースに質問を投げかける。

きっと、仲間になろうというのに積極的に仲良くなろうとしない私に疑問を持ったのだろう。





さっきからずっと黙っていたエースは、いつの間にか一人離れて甲板の手すりにもたれかかっていた。

それから少しぶっきらぼうに答えた。





「そんなの本人に聞きゃあいいだろ。目の前にいんだからよ。」

「あ、私は……別に嫌々ってわけじゃ……」





急に振られた私は、少しどもりながら答えた。

エースはというと、その後も変わらず不機嫌そうだった。





「そっかー。じゃ、エースよりはマシだな。敵意とかなさそうだし!」

「うん、これからよろしくね!」





「よ、よろしく……」

「いつか素顔も見せてくれよい。」





「い、いつか……うん…」





確かじゃない約束をして、ひとまず話が終わった。

それと同時にエースがこちらに近付いてくる。





表情は相変わらずだ。

その表情のままずんずんと近付いて、私の腕を掴んで談笑していた輪を割るようにして進んだ。





「ちょ、エ、エース?」

「おいエースー、どこ連れてくんだよー。」




「オヤジのとこだ。仲間になるんだから、紹介してくる。」




エースは振り向かずに言った。

ああ、そういえば白ひげにまだ会っていなかったとふと思う。





「なんでエース、あんなに怒ってんだよ?」

「さァ……自分の手柄取られて妬いてんじゃねェかよい。」




「なるほどなァ。ま、気持ちは分かるぜ!」





そんな会話が背後から聞こえてきたような気がした。












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