口は災いの元











「おォーい!こっちもっと酒持って来ーい!!」

「食いモンもだ!!足りねェぞー!!」





「あ!!お前それおれのだ!!」

「早いもん勝ちってな!」





あちこちで騒がしい声が聞こえる。

私の乗船祝いという名の宴らしい。




かく言う私は、一通りの挨拶を終えてエースと一緒に何人かのクルーと話していた。

その中には、昼間に話した四人と数人のクルーがいた。





「いやーオヤジなら快く承諾してくれるって信じてたぜ!」

「あー…ありがとうサッチさん……でも私、」





「“さん”なんてやめてくれ!家族なんだからよ!」

「え、は、はい、」





「固っ苦しい喋り方もナシだ!」

「そうだよ!なんか他人みたいじゃん!」





「それにしても、当分先になると思ってた“いつか”が数時間で……」

「う…それは確かに…」





マルコさん……いや、マルコの言ってる“いつか”というのは『素顔をいつか見せてくれ』って言ってたアレだ。

…まあ白ひげに見せたんだし……隠す道理もなくなったわけだ。





それに、私は心のどこかでこの船のクルー達に安心していた。

理由はないけど……何回か会話していてそう思ったんだと思う。





「それにしてもよ、本当にナースにしないのか?エース隊長。」

「何度も言ってるだろ。しねェよ。」




「こんなに可愛くて美人で、しかもめちゃくちゃ若いナースがいたらわざと怪我して帰って来るのによ。」

「おれも!!ちゃんがナースなら毎日怪我するぜ!」




「そうなるからしねェんだよ!」




皆を叱咤するエースを見て私は苦笑した。

確かに、私がナースになるとかなんとかは別として、『白ひげ海賊団』の乗組員が毎日怪我をするとあっては評判ガタ落ちだ。





「じゃあどーすんだよ。」

「おれの中では考えがあるけど……まあオヤジと話して決める。」





ああそっか。

乗組員になるんだから、それ相応の役目を決めないと。






「なァなァ!エースについてきたキッカケって何だよ?」

「そうそう!何がどうしてエースとちゃんは出会ったのか!」




「あ!それおれも気になる!」

「べ、別に大した事ねェよ!たまたま会ったんだ!たまたま!!」





「だからその“たまたま”を具体的に知りてェんだよ!」

「だから大した事ねェって…、」




ふいにサッチさんが『ずっと聞きたかった!』という風に話題を変えてきた。

それを言うのをエースが頑なに拒むものだから、最終的に矛先が向いたのはもちろん私の方だった。





ちゃーん、良かったら教えてくんねェかな!コイツ言いそうにねェし…」

「あってめ!ずりィぞ!!おい!大した事なかったよな!な!?」




止めようとジタバタするエースを何人かで押さえつけ、サッチはズイッと顔を私に近付けた。





「今はちゃんに聞いてんだよ!エースは黙ってろって♪で、どうなんだい?」





興味津々といった数人のクルー達の眼差しと、何かを懇願するかのような目で見つめてくるエースとを交互に見た。

どうすれば……いやでも、どうするもこうするも真実を話せばいいだけの事だ。





「まあ……大した事はなかった……かなあ。」





その言葉を聞いた瞬間、エースの安堵した顔とその他のクルー達のつまらなさそうな顔が視界の端に映った。

すごい温度差だ。





「大した事はなかったけど……襲われかけたというか…うん、襲われた。」

「「「…はァ!?」」」





また新たな発言をすると、今度は全員驚いたような顔をした。

そんなに驚くようなことを言っただろうか。





「お、襲ったって、エ、エースが、ちゃんを?」

「うん、そう。顔合せてすぐ。本当いきなりだったからびっくりしたけど。」





「おおお襲われたってことは、て、抵抗は……」

「抵抗は…できなかったなあ……両手押さえつけられてた上に男一人馬乗りで乗ってんだもん。」





「ふ、船の上で、真昼間、だよな?」

「もちろん。甲板でだよ。思い返してみると一瞬だったな……本当あんな事されたの初めてで怖くて死ぬかと思った。エース(って炎だから)熱かったし。今じゃいい思い出だけど。」




あの後のエースの様子を思い出して、クスリと笑った。




「それで、その後のエースが人が変わったみたいに優しくて……、」





しかしサッチの質問に淡々と答えていると、更に場が凍りついていっていることに気付いた。

見るとイゾウとマルコがエースを蔑む目で見て言った。





「エース……お前……」

「責任取るってわけかよい……」





「ちょっと待て違う!!そうじゃねェ!!そうじゃねェよ!!」





あれ……?

ハルタが汚い大人を見る目でエースを見ている……





皆が冷めた目でエースを見ていた。

そのエースも焦っているけど……私何か言ったかな?





「エース、私何かマズイこと言った?」

「大いにな!何言ってくれてんだ!!本当の事言えよ!!」





「は?言ったよ。終始一貫全部本当の事。真実!」

「そうだけどそうじゃねェんだよ!!」





「『馬乗り』っていうのは言っちゃったけどその他の事は具体的に言ってないだけ!エースの名誉のために!」

「その名誉が崩れ去りそうなんだよ!!」





「具体的に……」

「別に聞きたくないな……」





心配してエースに耳打ちするといきなり怒鳴られ、私もついムッとして反論した。

別に私は真実を述べただけで悪い事は一言も言っていないはず。





はなんつーか、その、そう!言葉!もうちょっと…いやちょっとどころじゃないな、言葉を選べよ!!変な誤解招くだろーが!!」

「じゃあ自分から言えばいいじゃないか!!」





私とエースは睨み合って、どちらからでもなくフイッと顔を逸らした。

でも実際のところ、エースを皆が押さえつけてくれていたから私も堂々と反論できたのだった。





一気に空気が重くなったその場を除く他のクルー達の騒ぎ声が、私達がまるで別世界にいるような感覚にさせた。

それから気まずそうにサッチがエースに問いかけた。





「え、えーっと…じゃあーエースに聞くけどよ、本当はー何があったんだよ?」

「…………」





エースは暫くしかめっ面でいたが、やがて長い溜め息をついて口を開いた。





「確かに襲ったのは間違いねェけどよ……それは“攻撃仕掛けた”って意味だ。それ以外何もしてねェよ。」

「あ、なんだそういう意味か。いやいや早とちり!」





皆が一団となって納得すると、エースはどっと疲れた風だった。

私も本気で怒っているわけじゃないが、なんとなく腑に落ちない。





「エースも容赦しねェなァ。こんな女の子に手をあげるなんてよ。」

「そ、それは……」





エースが言いにくそうに口元をモゴモゴさせた。

それに気付いた数人が、エースに白状するよう促した。




「なんだ、言い残したことあるなら全部出せよい!」

「今更隠し事なんてナシだからな!」





そう言われてエースは身を切るような壮絶さで言った。





「っ……最初……男……だと…思ったんだ……」

「……は?」





エースの言葉を一瞬で理解できなかったみたいだった。

その反応がまたエースを追い詰めているようでもあった。





「つまり……ちゃんを男だと……?」

「…………」





無言で頷くエースは、そのまま顔を伏せたまま上げなかった。

さすがにちょっとかわいそうになってきて、助け舟を出した。





「私のこのマントと、フード深く被ってたからパッと見て分からなかったんだよ。本当に一瞬だったから。」

「なァんだそうだったのかい。けどま、大した怪我なくて良かったな。」




そう言うとマルコは私の頭をポンポンと撫でた。

子ども扱いされているみたいだ……




けど、クルー達から見れば私なんてまだまだ子供なんだろうな……





「その後私が女だって分かって、大袈裟すぎるくらいに謝ってくれて……ね、エース?」

「お……おう!」




元気出せ、と念を送りながらエースに聞くと、伝わったのか元気に返事をした。

ひとまずエースが元気を取り戻してくれて安堵した。




「でもそれぐらいだな。私とエースが出会った時って。特に他は何も。」

「そうだな。」




「そうなのかァ。」

「なんだかんだで面白かったな。」




「いつの間にか仲直りしてるし、割と気が合うんじゃねェか?」




そう言われて初めて仲直りしていることに気付いた。

エースも同じだったようで、顔を合わせた瞬間お互いに笑った。




「私、ちょっと風に当たってくる。」

「飲み過ぎたか?ゆっくりしてけよ!宴はまだまだこれからだ!」




私は一人その場を離れて、船の手すりにもたれかかって真っ暗な海をぼんやりと眺めた。

持ってきたグラスを掲げたりして手遊びをしていた。




今になって思うが、バギー達はどうしているだろう。

私がいないって勝手に騒いでるかな。





そんなわけないか、たかが小娘一人に。

私はバギー達から離れられたことが嬉しく、自然と口元が綻んでいた。





「そォらもっと飲めェ!!」

「どんどんつげェー!!」





私は、完全に酔っぱらった二人組がフラフラと千鳥足で近付いていることに気が付かなかった。

その内の一人の腕が、私の背中にドンと当たった。




思いのほか強く押され、体重を手すりにかけていた私はバランスを崩した。

それと同時に襲い来る浮遊感。




近付いてくる波打つ暗闇。

月明かりに照らされて、絶妙な気味悪さが出ていた。





「えっ」





アルコールが体に回って、理解するのが一瞬遅れた。

海に落ちる。





手に持っていたグラスは、甲板に落ちて割れた。

それは、私が海に叩きつけられた音と重なった。

















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