006.二番目の執行人





「二番目の…………執行人だと!?」





何の前触れもなく突然登場した新たな執行人に動揺を隠せないカッチーニ達。

もちろん、少なくとも私も少し驚いてる。




「あーあ、接触する気なかったのにダルっ…………お前らのせいだぞ、アンディ…特に。」

「は?私?何で。」





「勝手に出てきたのはそっちじゃないか。ウォルター。」





せっかく助けに来たのにウォルターの扱いが雑だなー、と思った。

……人の事言えないか。





そんなことは気にする素振りもなく、武器である十字の釘の交点の穴に指を通してクルッと回した。

それから十字の長い方を肩にトン、と置いた。




「相変わらずつれない奴らだなぁ」




私達が会話しているのを好機と見たのか、カッチーニの一人が攻撃を仕掛けてきた。

ウォルターはそれに気づくと、すかさずその巨大な棺を盾にした。




「話してる途中で撃ってくるんじゃねぇよ。チンピラが……!」

「カロジェロさん下がって!!」




攻撃の手は止まることなく続く。

相手はカロジェロが下がったのを確認すると銃を撃ってきた。




再びそれを防いでから、巨大な十字の釘を相手の足元に投げて威嚇するウォルター。

今は刑を執行できないから、威嚇で済ませているんだろう。




「…………っ、カンオケに十字の獲物かよ。ドグマでも聞かせてくれんのか!?」

「冗談。」




ウォルターは薄く笑みを浮かべて馬鹿にしたように言った。




「マフィアに、神は理解できないだろ。」




すると今度は棺の中から今までで一番多い数の十字の釘を取り出した。

それらは、穴を通して一本の紐で繋がっていた。




「なっ……。」




そしてその通してある紐を、思いっきり勢いよく抜き相手側に飛ばした。

今度は威嚇だけではなく、腕に掠り傷程度の負傷を負わせていた。



……けれど、少しやりすぎな気がする。



「神に懺悔を。そして選択を。」




そう言うと、ウォルターは棺についている鎖を持って後ろに回した。

もう棺は必要はないと思ったのだろう。




私は正面にある棺をまじまじと見た。

相変わらず重そうな棺だ。



人一人入れそうだが、絶対に入りたくない。




「棺桶と十字架……そうかコイツが……!」




「“二番目の執行人 配信の葬儀屋(ファイナルディレクター)”!!」




「ダルいがその時間だけは待ってやる。」




張りつめた空気が息苦しい。

しかし案外すぐに結論は出た。




「…………てめぇらは俺達を殺すことは出来ない。判定書は出てないんだろ?」




そこまで言うと、構えていた銃口を上に向けた。

戦闘の意志はないということだ。




「だがこれ以上の負傷者はこちらにもメリットがない。退かせてもらう。」




カロジェロの後ろで、キキ!と音がした。

車まで用意して、準備がいいものだ。




「それが俺の選択だ。」

「……賢明な選択だな。」



ここにいる全員がそれが最善だと思った。

ただ一人を除いては……



「なっ……」



アンディが小さく驚きの声を上げた。

カロジェロ達が去った後、アンディはウォルターの胸倉に掴みかかっていた。



「あ?」

「ちょっ、アンディ!?」



こういう時は胸倉を掴んでいる側が掴まれている側を見下ろすのが定番だけど、身長差でそれは実現しなかった。

アンディはウォルターの胸倉を掴んでいるが、見上げる形だった。



「ウォルター、なんで逃がした!!」

「……らしくねぇな。何アツくなってんだよ。」



確かに、アンディがこんなに取り乱すなんて珍しかった。

やっぱり、アンディとしてはカロジェロを逃がしたくなかったんだろう。



……バジルとも会って、いろいろあったし。

二人に……言わなきゃ。




「今回は諦めな。縁ある奴は神様がまた巡り会わせてくれるさ。」




私は静かに深呼吸した。

覚悟を決めて口を開いた。




「あの「この似非教徒が!!」」




シャルルが硬いクチバシでウォルターの後頭部を思い切り突いた。

それ以前に、私のカミングアウトが遮断された。




「何が神だ!!正当防衛の域越えてるわ!!ってか何でウォルターがここにいる!?」

「……」




「割れた……絶対割れた……」と呻きながらもシャルルの質問に答えていた。




「仕事だよ仕事!!カッチーニの幹部、カロジェロ・スカリーゼの監視!」




ということはやっぱり……!!




「!!やっぱりあいつスキャッグスと……」

「ああ、奴は黒だ」



ウォルターはまだ痛そうに頭をガシガシ掻きながら言った。



「だけど腐ってもあいつはカッチーニの一員だからな。今問題を起こすわけにはいかないんだよ。」



それは私も分かる。

アンディだって分かってるはず。



「カッチーニは五大ファミリーの一つ。上が一番問題を起こしたくないと思ってる相手だ。そこにスキャッグスか…………。」

「っていうかお前、そこまで分かっててなんで……!!」




「戦争でも起こす気か!?」

「……ノリ?」



シャルルと、いつの間にか戻って来ていたオズに責められるウォルター。

両方からクチバシで突かれていた。




いつもの私なら笑って過ごすけれど、今はそんな笑いたい気分ではなかった。




「あの、さ。」




さっきより少し大きめの声で言う。

全員の視線が私に向く。




それと同時に騒がしかった空気が一気に静まり返る。

大丈夫、覚悟はさっき決めた。




私は小さく息を吸って口を開いた。




「……アンディはもちろん、ウォルターも……さっき上で見てたなら分かってると思うけど……。」




察したのか、いつもは空気を読まないオズも黙って聞いていた。




「私……リバースナンバーなんだ。」



言った……。

言った私……。




どんな反応をされるかなんて分からない。

もしかしたら、軽蔑されたかもしれない。



でも…バジルの言った通り、いつかはバレることだった。

黙っておくよりずっといい。




「今まで黙ってて………………ごめん。」



騙していたみたいで、顔が上がらず視線を下げた。

どんなことを言われても、受け入れるつもりだった。



「……あのさ、なんか……多分覚悟とか、いろいろ決めて言ってくれたんだと思うけどさ……。」

「……」



「その……覚悟を無駄にするみたいで悪いんだけどよ……」

「……?」



「あのー、実は、」

「知ってた。」




……………………?

………………………………え?



「知っ……てた……?」

「ボク達だけじゃなく、皆知ってるよ。」



さも当然のように言うアンディの言っている内容がよく分からず、ウォルターを見ると「そういう事」と言いたそうな顔だった。

ウォルターも知ってたって事?



それに皆?

じゃあ、本部の人は皆知ってるってこと……?




「一番目も五番目も知ってる。」

「…………。」



驚きすぎて言葉が出ない。

い、今までの苦労は……?



「じゃ、じゃあ、あの時、私を見たのは?」

「あの時?」




「あの、バジルが『お前とも久しぶりだ』みたいなこと言った時……。」

「あぁあれ?なんとなく。ああした方がよさそうだったから。」



「え、そ、そう。じゃあ、ウォルターは?」

「え?俺?」



ウォルターが降りてきた理由に“特に私のせいで接触した”って言ってた。

よくよく考えたら私のリバースナンバーの事なんじゃないかって思ったんだ。



「ああ、別にそういうことじゃねぇよ。それは別の理由。……ホラ。」



そう言うとウォルターは自分が着ていたコートを脱いで私に寄越した。

意図が分からなくてウォルターを見上げると、




「お前そんな格好で歩くつもりか?こっちの目のやり場に困るんだよ。アンディはそういう事に気が回りそうにないし……。」



と言った。

確かに今の私は左の鎖骨が丸見えになっている。



今までこんな格好でいたのかと思うと急に恥ずかしくなって大人しくコートを受け取った。

まだ温かく、ウォルターの匂いがふわりとした。



袖を通してみると、当然なことだけどかなり余った。

裾なんて、信じられないが足首あたりまであった。




「あ、ありがとう……。でも、ウォルターの分が……。」

「あー、いいって。気にすんな。」



心配する私に人懐こそうな笑顔を向けた。

本当は困るはずなのに…………。




「そうだ。私のコート、ウォルターが着ることはできないけど、腰に巻くぐらいならできるから。」

「ん?大丈夫だよ。伸びちまうしな。」



「それこそ大丈夫だよ。私いつも巻いてるし、ウォルターのウエスト細いし。それに何かあった時に見た目だけでもコートあったほうがいいでしょ。」

「……まぁ、お前が良いならいいけど……。」



コートについての話題が一件落着して、本来の話の目的を思い出した。



「あ……それでその……さっきの……」

「リバースナンバーの事?それならもう話ついたでしょ。」



「え?」

はリバースナンバーで、ボク達と同じカラス。それでいいんじゃないの?」



一番に反発すると思っていたアンディにそう言われて、少し戸惑った。

知ってたからといって、ただそれだけで納得するなんて思わなかった。



「……気にならないの?」

「何が?」



「私が……なんでリバースナンバーなのかとか、それでいてなんでカラスになったのかとか……。」

「ボクも同じだから。それだけ。」



それだけ……って、本当にそれだけで納得できるものだろうか。

たしかに、私もアンディのことよくは知らないけど……。



「さぁ、本題に戻すが、こうなった以上なおさら本部へ急がないとな。今回の事は執行人が現場で判断出来るもんじゃない。」

「俺も一回本部へ戻るぜ。ここからどう行く?ナビゲーター。」



その言葉を合図に私達は出発の準備をした。

準備と言っても特にすることなんてないんだけど……。



「……あまり行きたくないが、あそこが一番の近道だな…………。」



私達はシャルルの案内で、スキャッグスの爪痕“鮮血の五日間”の舞台……。

カストル・アルテへ足を運んだ。





TOP BACK NEXT