007.知り合いの知り合い









少し歩いて見えた町。

足を踏み入れると、そこは町全体が裏路地のような廃れた町だった。




「ここが……。」

「そうだ。」



町の中を見回しながらアンディが呟いた。

そしてウォルターがそれに応える。



「悪名高き“カストル・アルテの惨劇”……。スキャッグスとカッチーニがドンパチやった場所さ。」



“スキャッグス”の単語を聞いて、アンディが小さく眉を上げた。

先程の事もあって、ウォルターもそれに気付いている。




『ここはカッチーニの縄張り内で一番大きい都市だった。人の出入りも多くて活気のあるいい町だったんだが……。』

「活気がいいって言や聞こえはいいけど、ただうるさかっただけだよ。」





『そういえばウォルターはカストル・アルテ出身か。』

「廃れたもんだね。我が故郷は。」




ウォルターはそっけなく言ったけど、どこか懐かしそうでもあった。

そういえば昔、15年前の抗争で大切な人を亡くしたとかどうとか言ってたっけ。




15年前って…ウォルターもまだ小さかった頃でしょ?

トラウマとかないのかな。




アンディの医務室嫌いは確実にトラウマだとして。

……まあ、大人になるにつれて立ち直るもんなんだろうなきっと。




そんな事を思いながら分かれ道で言い合いをしている二人をボーっと眺めていると、後ろから変な叫び声が聞こえた。

いきなりだったから、前にいた二人も同時にビクッと肩を上げて私の後ろに視線を向けた。




見ると、さっきまでペラペラと喋っていたシャルルが、二人組の子供の片方に足を掴まれていた。

子供たちは狩りで捕獲したシャルルを見て喜んでいた。




「ぶふっ」




その様子を見て一番に噴き出したのはウォルターだった。

ロボットだけどカラスが捕まったというのがおかしかったんだと思う。




それに、捕まえたのが大人ではなく子供だという事も。





「楽しそうだね。」

『助けろや!!!』




「ここは見捨てられる町だからな。」

「……情けな。」




自分の監視用鴉が捕まっているのに特に無反応なアンディと、隣で半笑いをして震えているウォルター。

それに加えて子供に捕まるシャルルを見て、私は溜め息しか出なかった。




「あ、そうだウォルター。やっぱコート戻そう。てか戻して。」

「?なんだよ急に。」




「やっぱりねーウォルターのコート大きすぎるから違和感しかなくて。」

「お前はそれでいいのか?」




「ふっふっふ……さっきこんなもの拾ったんだ。」




私はポケットに入れておいたピンを得意げに見せた。

もちろん錆びついてはいるけど、これで前を止めれば問題あるまい。




「けど多少はご愛嬌ってことで……。私はそんなに気にしてないから。」

「……まあお前がいいならいいけど。」




そう言って承諾してくれたウォルターとコートを戻してもらった。

実はこのピンで止めるってやり方、ウォルターが前にしてたのマネしたんだよね。



掘ってる文字はなんとか見えないように止めたから、とりあえずは問題ない。

個人的には。




その直後、近くの建物のドアが開いた。

ドアからは、前髪を結んで額を出している30代後半から40代の男性が出てきた。




どうやら、シャルルを捕まえた子供たちの保護者らしい。




「ろくな食料ねーや。帰るぞチビ共。」

「見て見て、リチャード!!」




“食料”の単語を聞いて、シャルルが青ざめたのが見て分かった。

ロボットだし、カラスだから色なんて変わるはずないんだけど。




暴れるシャルルを見て笑っていたウォルターが、ふいに男性の方を向いた。




「ん?」

「……お前ウォルターか!?」




「リチャード!?」




互いが顔を見合わせるなり、驚きを隠せないといった声色で叫んだ。

どうやら顔見知りのようだ。




「15年ぶり……か。成長期って怖いな……。」

「俺もビビった。子持ちになってるとは……。」




「俺の子じゃねぇよ。」




やっぱり予想通り、このリチャードって人……カストル・アルテの人だ。

話しの雰囲気からなんとなく分かるし、よっぽどの事がない限り子供を連れてわざわざこんな犯罪者が溢れるところに来ないだろう。




「お前こそ、連れてるの彼女か?それともそっちの小僧の方のか?」

「違います。断じて。」




話の流れで真面目な面持ちのままリチャードが聞くもんだから、私もかなり真面目に答えた。

その後にウォルターが続いてこう言った。




「勘違いすんな……。二人ともただの同業者だよ。」

「なんだそうか。俺、今孤児院手伝ってんだ。……マフィアを抜けてな。」




「へえ……リチャードにはそっちの方が合ってるかもな。」




自然と子供たちの方へ目が向く。

相変わらずシャルルを追いかけていて、その無邪気さに笑みがこぼれる。




「……ウォルターお前こそ……」




リチャードはふと何か言いかけたけど、「なんでもない。」と口籠らせた。

そんなリチャードをよそに、ウォルターはアンディに話しかけた。




「アンディ、こいつマフィアのくせに毎日教会でお祈りしてたんだぜ。」

「別にいいだろ。俺は信心深いんだ。」




「このビビりの祈りはいつもこうだ。『今日も弾が当たりませんよーに。』」

「なッ……それはてめえの妄想だって言ってんだろ!!」




話しかけられたのはアンディだけど、明らかに置いてけぼりを喰らっている。

ウォルターの性格はもともと明るいけど、今日はいつにも増して楽しそうにしているのを見ていると、なんだか私も幸せな気分になってくる。




「教会ってここのこと?」

「いや……あの時の教会はもうないよ。」




一番近くにあった教会を見上げる。

とても大きくて綺麗な教会だ。




そりゃあ新しく建築したわけじゃないものだとは分かるけど、古風な感じが私には綺麗に見えた。




「教会だけじゃない。色んな物が抗争で無くなった。仲間も……大半の人は町を出てったしな。」




徐々にその場の空気が重くなっていく。

きっとリチャードの脳裏には15年前の抗争が甦っているんだと思う。




「町はここにあるが……何も残ってない。普通の抗争じゃありえねえ。あいつらが…、」

「やめろよ。昔の話さ。」




まだ言い続けるリチャードの言葉を遮ったのはウォルターだった。

リチャードの言う「あいつら」は間違いなくスキャッグスだということは言わずもがなだった。




「……そうだな。昔の話だ。ん?」




それで落ち着いたリチャードは、何か見つけたようにアンディの腕に手を伸ばした。




「小僧、包帯とれかけて、」




アンディの腕を持ち上げた途端に、巻いていた包帯が解けた。

多分移動している間に緩くなったんだ。




包帯が取れて露わになった傷を見て、リチャードが絶句した。

一般人が見ても、この傷が不自然なのは明らかだ。



「アンディ……お前ちょっとは体を労われ。」

「動けばいいよ、最後まで。……動けばいい。」




心配して声をかけるウォルターに、アイディは相も変わらずぶっきらぼうに返事をした。

……そんなにさっきの事を根に持ってるのかな……。




ウォルターと顔を合わせて溜め息を吐いていると、包帯を巻き直しながらリチャードがアンディに言った。




「……おい。あんま突っ走んなよ。がむしゃらに生きることは猿でもできる。」

「……何が言いたい?」




リチャードの言い方が癇に障ったのか、アンディは苛立ちを隠すことなく静かに聞いた。




「一日一日を大切に生きろ。それが人間らしく生きるってことだ。」




すれ違いざまにアンディの頭をくしゃっと撫でた。

その言葉と行動にアンディが目を見開いている。




今まで化け物だとかいろいろ言われ続けたアンディは、きっとこういった事をされるのに慣れていなかったんだろう。




「それから嬢ちゃん、こいつらと同業者なんだっけか?まだ若いんだ……危ない事には極力首つっこむんじゃねぇぞ。」

「……。」




驚いたことに私にも同じように言ってくれた。

私自身もそんな事を言われ慣れてないから、返す言葉がすぐに思いつかなかった。




「ウォルター、お前もだぞ。何やってるか知らねェけど、あんま無茶すんなよ。」




そのままウォルターに視線を変えたリチャードは、またも同じことを言った。

流れるような作業だった。




「この中じゃお前が最年長だろ?ちゃんと手ぇ引っ張って守ってやれよ。見えないところで何かあったんじゃ手遅れにもなるからな。」

「そんなの言われなくたって分かってるよ。」




ぐるりとアンディと私を見回して言うリチャードに、ウォルターは当然といった風に答えた。




「ウォルターに守ってもらう程ボクは落ちぶれてないよ。」

「ボク“は”って何よ“は”って。私もだし。」




「ああ?さっき俺が助けてなかったらヤバかっただろうが。」

「だからそれは勝手にウォルターが出てきただけでしょ。」




「頼んだ覚えはないでーす。」

「お前ら……!!」




「後でウチに寄ってけ……メシでも食わしてやる。」




こんな様子の私達を見てフッと笑うと、リチャードはそう言い残して子供たちを連れてこの場から去った。

なんだか不思議な人だった。




一緒にいると心が温まってくる。

本当にマフィアだった人なのかな?




「人一倍ビビりで、人一倍優しいマフィアだったよ。」




三人でリチャードの去って行った方角を眺めて、少しの間余韻に浸った。











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